02-1_1_02 香害先進国 米国の香害事情

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(2022.5.8)

店で普通に売っている日用品に有毒な物質が使われているはずはない、と多くの人がなんとなく思っていますが、実際のところ化粧品、洗剤、特に柔軟剤のような新しいタイプの日用品の成分については法律の規制は非常に緩いのです。メーカーがどのような化学物質をどの製品にどれだけの量配合しているか、全ての情報を公開する法的義務は日本にも欧米にもなく、日用品というのはブラックボックスです。特に香料に関しては100種類もの化学物質がブレンドされていても「香料」と表示されるだけ。EUは化学物質の使用について他の国よりも厳しい基準があり、アレルゲンとして26種類の香料に使われる物質を製品ラベルに表示する義務などがあります。しかしその他にどんな香料化学物質が入っているか表示する義務はありません。つまり日用品に関して消費者の健康が法律で守られているとはどの国でも言い難い状況です。

米国は香害の先進国です。70〜80年代に香料の原料が自然素材から石油由来の化学物質に置き換わり、1973年に化粧品のパッケージに成分表示をする法律を制定した際に、香料の成分は表示しなくてよいという抜け穴が作られた頃から香害被害も始まりました。(https://www.ewg.org/news-insights/news/something-stinks-secrecy-and-health-hazards-courtesy-fragrance-industry )それから50年近くを経て、現在では成人の3割程度が化学物質過敏状態にあると言われています。2016年にシュタインマン博士が全米の成人1,137人を対象に行った調査では、全体の12.8%が化学物質過敏症診断済み、25.9%が化学物質過敏状態にありました。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5865484/


米国の柔軟剤事情

米国の代表的な環境保護の市民団体EWG(Environment Working Group)は柔軟剤や乾燥機に入れるシート状柔軟剤(ドライヤーシート)には健康を害し、環境汚染の原因になり、家の中、外の大気を汚染するので、液状、シート状、粒状、棒状、ジェルボールなどパック入りのもの、すべての形状の柔軟剤の使用を完全にやめることを提言しています。

理由として、柔軟剤にはQuats(第四級アンモニウム塩)や有毒な香料、防腐剤、着色料が使用されていることを挙げています。

Skip the Fabric Softeners (柔軟剤をやめましょう)』 EWG* (サマラ・ゲラー) (2016.5.5)

https://www.ewg.org/news-insights/news/skip-fabric-softeners
・柔軟剤や乾燥機に入れるシート状柔軟剤(ドライヤーシート)には健康を害し、環境汚染の原因になり、あなたの家の中、外の大気を汚染します。EWGは柔軟剤の使用を完全にやめることを提言します。以下は柔軟剤に含まれる有毒化学物質、そして替わりに何を使えば良いかの情報です。

・香料 一般的な日用品には3,000種類もの香料成分が使用されており、柔軟剤に香料を分散させる目的でフタル酸エステル(02-2_1_01 香料成分の毒性と規制を参照)が添加されている場合もあります。ガラクソリド(galaxolide)などの合成ムスクは体に蓄積されます。 香料はアレルギー、皮膚のトラブル、呼吸困難の原因になり、生殖機能への悪影響を与える可能性があります。屋外に放出された香料も問題を起こすという研究結果があります。(柔軟剤は)使用する価値がありません。

*Environmental Working Group 米国の有力なNPO(非営利)環境保護団体。


米国では健康志向の高いミレニアム世代に人気がないことなどから2007〜2015年にかけて柔軟剤の売り上げが激減しました。時を同じくして日本では香料入り日用品の新製品が大量に市場に投入されていき、香害が深刻化していきました。

Millennials Are Fine Without Fabric Softener; P&G Looks to Fix That (ミレニアル世代は柔軟剤が不要、P&Gは解決策を探る)』The Wall Street Journal (2016.12.6)

https://www.wsj.com/articles/fabric-softener-sales-are-losing-their-bounce-1481889602


P&Gアメリカ、市民団体の働きかけにより日用品の成分を公開する動き

市民団体の長年にわたる働きかけによって、日用品の化学物質に関する規制は最近になってようやく活発になってきました。有毒物質フリーの環境を求めて活動している米国の市民団体 WVE( Women’s Voices for the Earth ) 他28の市民団体は2016年にP&Gアメリカに対し、数百万人の消費者の声を代弁して同社の製品に配合されている化学物質について全面的な公開を求める要望書を提出しました。

OPEN LETTER CALLING ON PROCTER & GAMBLE TO BE TOXIC-FREE (P&Gに有毒物質フリーになるよう求める公開状)』(2016.4.20)
https://uspirgedfund.org/news/usp/open-letter-calling-procter-gamble-be-toxic-free

P&Gアメリカはこれを受けて、使用を中止する140の有毒化学物質のリストを発表しました。いくつかの関連記事にはそのP&G社のリストのリンクが貼られましたが、該当ページは同社のサイトから削除され、移動先は見つかりませんでした(2021.6.18現在)

WVEの記事:『P&G Says No to 140 Fragrance Chemicals ((P&Gが140の香料化学物質を使用中止)』 (2016.3.17)
https://www.womensvoices.org/2016/03/15/pg-says-no-to-140-fragrance-chemicals-but-why/

WVEは2007年から日用品の成分の公開を求めて活動してきましたが、2017年にはP&Gアメリカはついにすべての製品に0.01%以上の濃度で使われる香料成分について2019年までに公開することに同意しました。以下のWVEのページにはP&Gに対する働きかけの変遷も掲載されています。

In a Victory for Public Health, Procter and Gamble Will Disclose Fragrance Ingredients (公衆衛生のための勝利ーP&Gは香料成分を公開することに) 』(2017.8.30)
https://www.womensvoices.org/2017/08/30/public-health-victory-procter-gamble-will-disclose-fragrance-ingredients/

P&Gアメリカが2021.5.21現在公開している製品に配合されていない香料、配合されている香料のリストです。物凄い数の化学物質名が並んでいますが、個々の製品にどの物質がどのくらいの量入っているかという情報はここには公開されていません。
US P&G Ingredients List (2021.5.21)
https://us.pg.com/fragrance-ingredients-list/

現在P&Gジャパンのサイトには「使用していない化学物質」が11種類リストされていますが、P&Gアメリカが2016年に使用を中止すると発表した140の有毒化学物質をいまだに使用しているのかそれともしていないのか、気になるところです。
https://jp.pg.com/ingredients/


ヘアケア用品や化粧品、入浴用品などのパーソナルケア用品に有毒物質が

2020年、カリフォルニア州は米国で初めてパーソナルケア用品に含まれる24の有毒な化学物質を使用禁止にしました。禁止された化学物質にはフッ素化合物であるPFAS、水銀、ホルムアルデヒド、内分泌撹乱作用のある(環境ホルモン作用のある)フタル酸エステル、スキンケア製品に防腐剤として使われる長鎖パラベンなどがリストされています。このようなものがカリフォルニア州以外ではいまだに化粧品に入っています。

BCPP(Breast Cancer Prevention Partners)のヌードルマン氏はこう述べています。「美白化粧品に水銀、バブルバスにホルムアルデヒドが入っているなんて。国会は82年もの間、化粧品の安全性について何も考えてこなかったが、ニューサム州知事が無毒な化粧品のための行動を法制化したことにとても感謝している」

California First State To Ban 24 Toxic Chemicals in Personal Care Products and Cosmetics (カリフォルニアがパーソナルケア用品、化粧品に含まれる24の有毒化学物質を禁止する最初の州に) 』EWG, Monica Amarelo (2020.9.30)
https://www.ewg.org/news-insights/news-release/california-first-state-ban-24-toxic-chemicals-personal-care-products-and


化学産業の闇を暴くドキュメンタリー映画

STINK! —臭い! 化学業界があなたに知られたくないことについての映画
この2015年に公開された受賞作のドキュメンタリーは、クリスマスプレゼントに購入した子供のパジャマの異様な香料臭に驚いた父親がメーカーに使用された化学物質について問い合わせをした際に「企業秘密なので教えられない」と言われたことから始まります。彼はその化学産業が消費者に知られたくない「秘密」について調査を始め、当たり前の日常に潜む不都合な真実、店で普通に売られている日用品の多くが安全ではないという事実を発見します。深刻なテーマでありながらユーモアたっぷりで楽しめる、子供にもお勧めの映画です。Youtube と Vimeoで日本語字幕付きで見ることができます。

私の血中には発がん性のありうる化学物質が175種類ありました」「環境中の化学物質や日用品に含まれる化学物質は私たちの体に入ってきます」「化学物質はその安全性を保障するため実験室で検査されていません。私たちを使って実験しているのです」「1960年代には女性が生涯に乳がんになるリスクは20人に1人くらいでした。現在は8人に1人です

現在Youtubeで特別無料公開中です。日本語字幕を選ぶにはCC をクリックして、隣の歯車のアイコンからJapaneseを選択してください。(2022.2.9)

Official 2021 documentary re-release: Stink! – Watch full movie, Now FREE!


STINK!はVimeoでも有料で公開中です。こちらは購入してダウンロードすることも可能です。

Vimeoの予告編
https://vimeo.com/ondemand/stink/148571882?autoplay=1

Vimeo 2日間レンタル$3.99 購入$9.99
https://vimeo.com/ondemand/stink


米国の香害事情ーSTINK!が提示した闇の先にはさらに深い闇 (2022.5.8 加筆修正)

実はこの素晴らしいドキュメンタリーの先にはさらに深い闇が広がっています。映画の中でヒーローとして会長が出演している洗剤「Seventh Generation」が製造販売している製品は石けん洗剤ではなくすべて合成洗剤で、無香料ですが米国の市民環境団体EWG(Environment Working Group)の評価では水棲生物への毒性、生物蓄積、環境ホルモン作用、癌、呼吸器や皮膚へのダメージによってD評価を受けているものもあります:https://ewg.org/guides/cleaners/2420-SeventhGenerationNaturalLaundryDetergentFreeClear/?formulation=6953 詳しくは後述しますが、米国では石けん洗剤はほぼ絶滅状態です。店頭で安全なものを選ぼうにも「エコな合成洗剤」という安全かどうか不明な製品しか選択肢がありません。多くは安全をうたうイメージ広告ばかりで、成分の公開もろくにしていません。全成分を公開している(と思われる)良心的なメーカーもありますが、成分表を見てみると有毒な化学物質に指定されているものが入っているものもあります。

米国では40年代半ば、つまり第二次大戦終戦直後から原油を合成洗剤やプラスチックなどの日用品や農薬に使っていこうとする動きが起こりました。「STINK! 」40分40秒あたりから出てきますが、1950年代には化学技術による生活改善が提唱され、化学物質が生活を豊かに、便利にするというプロパガンダが普及を始めたTVによって強力に進められ、合成洗剤やプラスチックの使用が奨励されました。主婦が昼食時に見るメロドラマは今でも「ソープオペラ」と呼ばれますが、それはスポンサーが当時はまだ石けんを製造していた洗剤会社だったからです。しかし洗剤会社は主婦に向けて石けんではなく、いかに合成洗剤が優れているかというコマーシャルを毎日のように流しました。P&Gが戦後すぐに発売した合成洗剤ブランド「Tide」は盛んに宣伝され、価格の安さで今でも広く使用されており、米国での香害の原因になっています。 環境市民団体のTideの評価では「フリー(何からフリーかは不明)で優しい」とうたう製品が以前からある商品よりさらに有毒だったりします:https://www.ewg.org/guides/search/?page=3&per_page=15&q=tide&search=tide&type=products&utf8=%E2%9C%93&x=0&y=0

1960年代までは化学物質には何の規制もなく化学業界の自主規制のみで、次々と市場に投入される有毒化学物質を懸念したレイチェルカールソンの名著「沈黙の春」が1962年に出版され、環境保護運動が起こりました。これを受けてニクソン大統領はEPA(Environmental Protection Agency 環境保護庁)を設立し、化学物質を規制しようとしました。フォード大統領はEPAに化学物質が市場に出る前に検査する権限を与えるTSCA(Toxic Substances Control Act 有害物質規制法、トスカ)を制定し、化学物質の使用を規制しようとしましたが、実際にこの法律がまともに機能することはありませんでした。

TSCAは既存の化学物質には適用されない、つまり、その物質を法律制定以前から使用していたメーカーは引き続きその化学物質を使用できるという抜け穴があったからです(grandfarthering, 免責)。その結果、EUで日用品や化粧品への配合が禁止されている化学物質はもとより、例えば前述したように米国では美白化粧品に水銀、入浴剤にホルムアルデヒドを入れる、デンタルフロスに滑りを良くするためフッ素化合物を使うことなどが、カリフォルニア州以外ではいまだに合法です。(2022.2.9) この法律はEPAに有害な化学物質を特定する権限を与えず、もし化学物質が有毒だとわかっても、それを制限する権限もありません。また、使用している化学物質は企業秘密として名前すらも公表しなくて良いことにしてしまいました。EPA、すなわち米国環境保護庁がメーカーに製品に何を配合しているかを尋ねることは違法なのです。

さて、話は戻って50年代に大量生産、大量消費が進むにつれ、大手の洗剤会社は天然油脂よりも原料価格や製造コストが圧倒的に安い合成洗剤ばかり作るようになり、原料が高くコストがかかる石けんの製造を止めていきました。その結果、石けん洗剤は米国では1960年代にはシェアを合成洗剤に抜かれ、その後市場からほぼ駆逐されてしまいました。現在米国では店頭では石けん洗剤を手に入れることはできません。無添加石鹸は高級スーパーやオンライン販売でわずかに生き残っていますが、大衆的な製品を売るドラッグストアやごく一般的なスーパーでは売っていません。一般的に流通しているのは、P&Gやユニリーバがなどが作る香料入りの浴用石けんだけ。洗濯や掃除用からパーソナルケア、ヘアケアまでそのほぼすべてが合成洗剤です。無添加石けん製品は所得が高い人や特に健康に気を使う人たちだけの特別なものになっています。

いま、気候変動やコロナのパンデミックによる行動様式の変化によって、燃料としての原油の需要はこの先回復することなく下落することが予想されます。石油業界は40年代にそうしたように、原油の新たな需要を作ろうとするでしょう。それが石油由来の合成洗剤や化粧品などの日用品やプラスチックの増産に向かうことは容易に想像できます。米国では柔軟剤の売り上げは若い世代の健康志向によって下落しています。それと同時期にP&Gは日本でダウニーを売り出しました。当初は強すぎる香りによって拒否反応を示す人が多かったのですが、宣伝を繰り返すうち、次第に香料入り製品の人気が上がって行きました。その結果、現在の日本では強い香料が長く残り、近くにあるもの全てに移香して取れなくなるような高残香性の製品が売られています。実はここまでしつこく残香し、移香する製品は米国では販売されていません。訴訟社会だからかもしれません。まるでおとなしい日本の消費者を香料中毒にしようと試みているかのようにも思われます。合成香料には麻薬や向精神薬と共通の化学物質も使われるので、強い香料で嗅覚疲労を起こしている間に香料に対する依存を起こし、次第に使用量が増え、それが香害を深刻化させている、という事象が起こっている懸念があります。

闇の先の闇にはもう一段深い闇があります。米国では若い世代の健康志向を受けて、2010年代から石けん洗剤や石けんのパーソナルケア用品を製造販売するベンチャー企業が誕生しています。純石鹸と炭酸塩、重曹のみでできている洗濯石鹸を売っているメーカーも2013年に創業されました。EWGのサイトでは最高ランクのオールA評価ですが、どうしたわけかこの製品、また他の石けん製品はEWGによってプロモーションされていません。NPOの市民環境団体がオールAの安全な石けん製品を表立って勧められない理由があるとしたら、それは何であるのか、私たちは考えてみる必要があります。メリオラ粉石けんの評価:https://www.ewg.org/guides/search/?page=1&per_page=15&q=meliora&utf8=%E2%9C%93&x=0&y=0

映画のなかでブランドン少年がアナフラキシーショックを起こしたボディスプレー「AXE」はユニリーバの製品です。そして、ユニリーバはこの映画が公開された翌年に、セブンスジェネレーションを買収しています。これが何を意味するのかをよく考えると、香害というものがいかに産業界と政府そしてメディアに深く関わっているかが想像できると思います。

日本は現時点での香害は米国よりも酷いですが、大量生産が可能な石けんメーカーがまだいくつも生き残っており、安全な石けん製品が店頭に並んでいるというのは米国に比べたら大変にありがたい状況です。しかし、このままでは日本の石けんも、外資、または外資に多くの株式を取得された大手合成洗剤会社によって市場から駆逐されてしまうかもしれません。健康と環境を守るためには石けんやセスキなどアルカリ洗濯用品を使うのが一番良いことです。大手洗剤会社は石けんではなくコストの安い合成洗剤を売りたいため、合成洗剤の欠点を補う柔軟剤とセットで製造販売していますが、消費者が「合成洗剤や柔軟剤は有害だから買わない」という選択をすれば有害な製品を作ることから撤退していくかもしれません。商売でやっているのですから、売れないものは作りません。合成洗剤と柔軟剤の害について声を上げ、周囲に石けんやセスキ、重曹、炭酸塩などアルカリ剤の良さを広めましょう。日本の安全な環境を守る石けんやアルカリ洗濯用品を手軽に使えるありがたさを守ることができるかどうか、それは私たち一人ひとりの行動によって決まります。


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