(2022.6.2) 「WVE (Women’s Voices of the Earth)」の調査レポート「香料業界を分析する (Unpacking the Fragrance Industry) 」、「Fragrance Chemicals of Concern Present on the IFRA List 2015 (懸念のある香料化学物質)」へのリンクと解説追加など大幅に加筆。
「いい香り」は化学物質です。吸い込んだ香りに含まれる化学物質は、鼻の嗅覚細胞を介して脳に直接影響を及ぼしますが、肺から血流に入って血液脳関門を通過し、脳に影響を与える経路も考えられます。かつて香料は天然の動植物から抽出され、貴重で大変に高価なので希少なものでしたが、現在では香料の90%以上は石油から合成して安価に大量生産されています。「天然」と表示されている香料も、表示方法に規制がないため、天然素材から抽出した香料が何%配合されているかはわかりません。実は、香料は一般に思われているような安全なものではありません。香料の安全性は、地球上のどの政府機関によっても安全であるかどうかの決定、監視、被害防止のための措置が行われていません。香料成分の安全性を知るためのシステムは、国際香粧品協会(IFRA)とその研究機関である香粧品研究所(RIFM)によって運営されています。つまり、香料の安全性は、 香料業界の自主規制にまかされています。
一つの香料を作るためには、数十から数百の化学物質が使われますが、どの化学物質をどのくらいの量使用しているかは、企業秘密として保護されています。カリフォルニア州のSB-258 Cleaning Product Right to Know Act of 2017(通称「California Cleaning Product Right to Know Act」洗浄剤の内容を知る権利法):https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=201720180SB258 では、カリフォルニア州で販売する指定製品(洗浄剤)の香料を含む特定の成分(指定成分、毒性のある成分)について、2020年1月1日よりメーカーのWEBサイトで、2021年1月1日よりラベル表示することが義務付けられました。米国ではこれによって香料成分を開示し、製品の安全データシートを公開するメーカーが増えましたが、法には抜け穴があるようで、一部しか開示せず、安全データシートも公開していないメーカーもあります。
米国のNPO「WVE (Women’s Voices of the Earth 地球のために上げる女性の声)」は香料の毒性、また香料がいかに規制されていないかについて調査・研究を行い、詳細なレポートを出しています。WVEの調査レポート「香料業界を分析する (Unpacking the Fragrance Industry) 」: https://www.womensvoices.org/wp-content/uploads/2018/09/Fragrance_Report_Updates_2018.pdf
WVEのレポートによれば、IFRAが公表した香料の原料として使用されている化学物質リストに掲載されている3,000種類のうち、半数は国際的な化学物質の分類及び表示システムであるGHS (Globally Harmonized System of Classcification and Labelling of Chemicals 厚労省職場のあんぜんサイト「GHSとは」:https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankg_ghs.htm 「GHSのシンボルと名称」:https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ghs_symbol.html) によって「危険」「警告」に分類される物質、またドクロマークの「急性毒性「や黒い人形の心臓付近に亀裂のある健康有害性(呼吸器感作性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性、特定標的臓器・全身毒性(単回ばく露・反復ばく露)、吸引性呼吸器有害性)などのラベル表示が必要なものです。また、このリストにある100以上の香料化学物質は政府機関や国際がん研究機関など、世界中の権威ある有毒化学物質リストに掲載されています。詳細はこの文書の”Part III Chemicals of Concern in Fragrance (懸念のある香料化学物質) ” 9ページ から12ページに説明されています。
またWVEのサイトからは、どのような香料化学物質がどのような有毒化学物質リストに掲載されているか、見ることができます。
「Fragrance Chemicals of Concern Present on the IFRA List 2015 (IFRAの2015年のリストに掲載されている懸念のある香料化学物質)」: https://www.womensvoices.org/fragrance-ingredients/fragrance-chemicals-of-concern-on-ifra-list/
サイトより引用:「このデータは、Women’s Voices for the Earthのレポート「Unpacking the Fragrance Industry」の付録Bとして収録されています。適宜、引用してください。国際香粧品香料協会(IFRA)の透明性リストには、業界で使用されている化学物質が3,000以上掲載されています。多くの資料から、フレグランス製造に通常使用される化学物質の多くが公衆衛生上懸念されることが示されています。IFRA透明性リストには、政府機関や小売業者によって製品への使用が制限または禁止されている、あるいは権威ある懸念化学物質リストに含まれているフレグランス化学物質の例も多く含まれており、以下のものが含まれます。」
このページには、GHSや各国の政府機関の有毒化学物質に掲載されている香料化学物質のリストへのリンクが並んでいます。化学物質の規制が進んでいる米国カリフォルニア州の「Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act ( [1986年安全飲料水および有害物質施行法] の修正案であるProp 65)」法の有毒化学物質リストに「発がん性物質と生殖毒性のある有毒物質として掲載されている香料化学物質」へのリンクがあります (Fragrance chemicals on the California Proposition 65, carcinogens and reproductive toxicants):https://www.womensvoices.org/fragrance-ingredients/fragrance-chemicals-of-concern-on-ifra-list/
各リストのページには、当該物質のリストと共に、GHS08の「健康有害性」や06の「急性毒性」のピクトグラム表示が必要な香料化学物質のリストなどへのリンクが貼られています。
さて、上記のように石油から合成した香料の有毒性への情報を提供しましたが、天然素材から抽出した香料であっても中には病気や妊娠、小児に禁忌のもの、アレルギーなどの健康被害を起こすものがあります。また、意図的に加えられていなくても、抽出の際に使われた有機溶剤などが残留している場合もあります。香料は駅や施設、店舗、学校、病院など公共の場所で不特定多数に吸引させるような使い方をしてはならないものです。高残香性の洗濯用品やパーソナルケア用品などのように、使用者本人だけでなく、他人の呼吸器や衣服、家や所有物、公共の財産を香料成分で汚染するような日用品の製造販売には根本的な問題があります。
エッセンシャルオイルについても何の規制もないので、成分、品質、いかなる検査も受けずに製造、販売されています。「オーガニック」「ナチュラル」「天然」「メディカルグレード」のような言葉にも全く法的な根拠はなく、単なるセールスコピーです。セラピー用のエッセンシャルオイルからそれぞれ9種類以上のVOC (揮発性有機化合物)が、VOCの中でも毒性、依存性が高いトルエンが70%のエッセンシャルオイルから検出されたという研究もあります。「セラピー用のエッセンシャルオイルからのVOCの放出」”Volatile chemical emissions from essential oils with therapeutic claims”:https://link.springer.com/article/10.1007/s11869-020-00941-4 先に述べた様に、市場に出回っている全ての香料の90%以上は石油から合成された安価な合成香料です。花から抽出した本物の天然エッセンシャルオイルは大変に高価です。1瓶数千円のエッセンシャルオイルに天然のオイルが何%含まれているのかは、メーカーの良心にかかっています。エッセンシャルオイルの中でも安価なものは特に粗悪な合成香料や有害な保留剤が含まれたものが多く出回っており、注意が必要です。1つ数百円の柔軟剤や合成洗剤、芳香ビーズに香料として天然香料が使われていると考えるのは非現実的です。
天然エッセンシャルオイルの中にも、妊婦や病人、小児に禁忌なだけでなく、確実に体に悪いものがあります。ペニーロイヤルミントやサッサフラスには発がん性、ペルーバルサムには強い皮膚感作作用、またラベンダーには有害なホルモン作用があることがわかっています。米国のロイヤル・スローン・ケタリングがんセンターは「ラベンダーオイルの長期使用はホルモン依存性がん患者は避けるべき」と言っています。IFRAも30種類のエッセンシャルオイルをフレグランス製品に使用することを禁止または規制しています(出典:『香りブームに異議あり』ケイト・グレンヴィル著)。
天然エッセンシャルオイルの香りは長持ちしないのが特徴です。いつまでもしつこく香るものは保留剤や香料カプセルなど化学物質入りです。そして、たとえ天然の原料だけを使っていても、エッセンシャルオイルは人為的に濃縮した香料の塊で、自然界には存在しない不自然なものなのです。自然界での香りは、多くはごく弱い香りで、強いものでも時間と共に急速に薄まって消え、なくなります。「長時間強く香る」人工的な香りは、ヒトの嗅覚に不自然な負荷をかけるのです。
犬や猫、鳥などのペットは天然であっても香料を体内で分解することができず、ペットのいる家でも香料は禁忌です。エッセンシャルオイルや香料入り製品でペットが死亡した例もあります。エッセンシャルオイルも安易に使用せず、信用のおけるアロマセラピストのアドバイスを受けて使用することが大切です。ちなみにアロマセラピストの資格も国家資格ではありません。
香料に使われる化学物質は単体での検査は行われますが、主に皮膚への刺激性のみ、吸入したときの危険性は検査されていません。また、1つの「香り」を作るために数種類から数百種類の化学物質がブレンドされますが、ブレンドされた状態で安全かどうかの検査は行われていません。P&Gアメリカのウエブサイトには、製品に使われている香料の長大なリストがありますが、これで全部とは限りません。またどの化学物質がどの製品にどのくらい配合されているかについての情報もここにはありません。(2021.6.28 アクセス: https://us.pg.com/fragrance-ingredients-list/)
香料成分の中には皮膚や粘膜、呼吸器へのダメージ、頭痛の原因になる、アレルゲンになる、変異原性*、発がん性、神経毒性、生殖毒性、水棲生物への毒性など様々な問題を起こす物質があります。香料に含まれる環境ホルモン(内分泌かく乱物質)**の生殖毒性は、肥満から子宮内膜症や乳がん、精子数の減少など多岐に渡る健康問題を起こします。環境ホルモンは超微量でも影響するので、EUではこれ以下の濃度なら安全、というしきい値が決められないとされています。ピネン、リモネンなどのテルペン系の香料は、空気に触れると発がん性物質であるホルムアルデヒドに変化する危険性があります。厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」で香料成分名を検索すると、毒性が示されているものもあります。EUでは26の化学物質について香料成分をアレルゲンであるとしてラベルに表示する義務があります。(02-1_1_03 EU化粧品指令 EUにおける香料化学物質の規制 02-1_1_04 香料化学物質規制 EUと日本の比較 を参照)
なお、香料を含む製品は、香料自体の毒性に加え、香料の溶剤や香料と共に使用される添加剤などのVOCsの毒性の問題の他に、環境ホルモンの問題もあります。例えば香りを長持ちさせるために保留剤としてフタル酸エステル類(phthalates サレート)が添加されることもありますが、これはプラスチックの可塑剤でもあり、おもちゃや食品を扱う手袋などへの使用が日本、EU、米国で禁止されています。環境ホルモン作用もあり、生殖毒性、また乳がんの原因になる危険性もあります。(内閣府食品安全委員会の資料*) 。また、フタル酸エステルとホルムアルデヒドは、シックハウス症候群の原因物質です。
このように香料というものには、タバコや合法ドラッグなどと同じような側面があります。数十年前にはタバコは体に悪い成分がたくさん入っているが、メリットもある「嗜好品」としてどこでも吸うことが可能でした。しかし、今では中でタバコを吸うことができる公共施設はありません。香料も同じ道を辿っていると言われています( 「職場での香料は新しい2次喫煙」Fragrances in the workplaces is the new second-hand smoke: https://www.freshwaveiaq.com/wp-content/uploads/2013/12/FRAGRANCE-IN-THE-WORKPLACE-IS-THE-NEW-SECOND-HAND-SMOKE.pdf )。香料は「嗜好品」として、健康リスクを承知の上、個人的に使用するべきものであり、公共の場で使用したり、他人に受動吸引させてよい物ではありません。ましてや徐放技術によって受動吸引、つまり2次香料吸引どころか、タバコよりはるかに深刻な「3次香料吸引」被害を起こしている合成洗剤や柔軟剤には法的な規制が必要です。「香り」を長持ちさせるために香料マイクロカプセルその他の徐放技術や添加物を使って他人と共有する空気や公共の財産、他人の財産を香料汚染するような製品は、香料だけでなく、抗菌・消臭をうたう製品と共に「香害」という形で公共の健康と安全に大きな脅威を与えています。
*変異原性:生物の遺伝情報(DNAあるいは染色体)に変化をひき起こす作用を有する物質または物理的作用
**環境ホルモン(内分泌かく乱物質)に関する研究: 『環境ホルモン最新事情—赤ちゃんが危ない』水資源・環境研究VOL. 30 No.2 (2017):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwei/30/2/30_jwei300210/_pdf
対象論文:河内俊英「内分泌撹乱物質による河川の汚染」:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwei1987/2000/13/2000_13_1/_pdf/-char/ja
***VOCs :Volatile Organic Compounds 揮発性有機化合物:この「有機」「オーガニック」は「炭素を含む化合物」という意味であり、安全性とは全く何の関係もありません。
**** 内閣府食品安全委員会のウエブサイトのトップページで、「フタル酸エステル」で検索すると資料がダウンロードできます。https://www.fsc.go.jp/
『参考1「フタル酸エステル類に関する知見の概要』
『フタル酸エステル 6 物質の概要表 資料2』
『フタル酸エステル類の食品健康影響評価に関する 知見の整理、情報 …』(乳がんについて詳しい)
参考資料:
・『香りブームに異議あり』ケイト・グレンヴィル著: この本には、香料の毒性と、IFRAの自主規制にだけ頼っている香料の世界的な規制の不十分さについての詳しい情報が載っています。オーストラリアの著名な作家で自らが化学物質過敏症である著者が、香料の問題について膨大な資料の調査結果をわかりやすい言葉で手短に述べています。香害について知るために必携の本です。:01-1_5_01 香害関係書籍の案内
・『合成香料』 ウイキペディア: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%88%90%E9%A6%99%E6%96%99
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